高血圧症検診(血圧測定)
- 対象疾患: 原発性高血圧症(循環器疾患のリスク要因)。早期発見・治療により脳卒中や心筋梗塞などを予防することが目的です。
- 推奨対象者: 症状のない成人(日本では一般健診で全年齢を対象に実施)。米国では18歳以上全員に血圧測定スクリーニングが推奨されており、特に40歳以上や肥満・高値血圧の人は毎年測定。日本でも職場健診や特定健診で40歳以上を中心に定期的測定を行います。
- 検査方法: 上腕血圧の測定。診察室での血圧測定(複数回測定の平均)でスクリーニングし、高値の場合は家庭血圧や24時間血圧で確定診断します。
- 有効性のエビデンス: 高血圧を放置すると心血管死亡リスクが高いため、スクリーニングと治療により脳卒中など心血管イベント発生率が大幅に低下することが確立しています。USPSTF(米国予防サービス作業部会)は、成人への高血圧スクリーニングの有益性を「確実に高い(Grade A)」と判断しています。
- 国内外の推奨状況: 日本のガイドラインでも高血圧の早期発見・治療が強調され、特定健診等で血圧測定は必須項目です。WHOも「沈黙の殺人者」である高血圧の早期発見を各国に促しており、USPSTFや国際高血圧学会も全成人への定期的な血圧測定を推奨しています。
糖尿病検診(空腹時血糖・HbA1c測定)
- 対象疾患: 2型糖尿病(およびその前段階の境界型糖代謝)。早期に発見し、生活習慣改善や治療介入することで合併症や将来の心血管リスクを減らすことが目的です。
- 推奨対象者: 日本では特定健診で空腹時血糖またはHbA1c測定を40~74歳全員に実施しています。また肥満・高リスク者では若年でも健診が推奨されます。USPSTFは35~70歳の過体重・肥満の成人に糖尿病スクリーニングを推奨しています。
- 検査方法: 空腹時血糖検査またはHbA1c測定が主に用いられます。高リスク例では75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を追加し境界型を精査することもあります。
- 有効性のエビデンス: 大規模試験では、糖尿病の一般集団スクリーニングそのものによる10年生存率改善は明確に証明されていません。しかし早期発見後の介入効果は確立しており、UKPDS試験では新診断糖尿病への厳格治療で長期的に全死亡リスク低下が示されています。また境界型への生活指導で糖尿病発症を約20~30%減少させるエビデンスがあります。以上よりUSPSTFは「中程度の確実性で有益」と評価しスクリーニングを推奨しています。
- 国内外の推奨状況: 日本では糖尿病有病率が高いため、市区町村健診や職場健診での定期的な血糖測定が標準的です。米国USPSTFも上記の通り特定年齢層への検診をB評価で推奨しています。WHOも糖尿病の早期発見・治療を非感染性疾患対策の重要項目に挙げており、各国でリスクに応じた検診が推奨されています。
脂質異常症検診(コレステロール検査)
- 対象疾患: 脂質異常症(高LDLコレステロール血症、高トリグリセリド血症、低HDL血症)。動脈硬化性疾患の主要な危険因子であり、スクリーニングにより心筋梗塞・脳卒中の一次予防につなげます。
- 推奨対象者: 日本では特定健診で40~74歳全員に血清脂質検査(LDL-C、HDL-C、中性脂肪)を実施しています。米国では20歳代以降でリスクに応じて脂質スクリーニングが推奨され、特に男性35歳以上・女性45歳以上では定期的測定が推奨されてきました(近年は心血管リスク評価に基づき判断)。
- 検査方法: 空腹時または随時採血による血清脂質プロファイル測定。LDLコレステロール値やNon-HDLコレステロール値で評価し、必要なら精密検査や治療適応を判断します。
- 有効性のエビデンス: スクリーニングそのものの直接的な死亡率低下効果を示す試験は少ないものの、高コレステロール血症の治療(スタチン等)により冠動脈疾患の発症・死亡が有意に減少するエビデンスが確立しています。USPSTFも脂質異常症スクリーニングと治療介入は心血管リスク低減に有益と評価しています。
- 国内外の推奨状況: 日本動脈硬化学会は定期的な脂質検査によるリスク把握を推奨しており、特定健診制度で全国的に実施されています。米国でも成人への脂質スクリーニングは標準的推奨であり、欧州心臓病学会やWHOも高リスク者への脂質検査を予防戦略の一環として推奨しています。
胃がん検診(胃X線検査・内視鏡検査)
- 対象疾患: 胃がん(日本で罹患数の多い癌の一つ)。早期発見・治療により胃がん死亡率の低下を図ります。
- 推奨対象者: 日本では50~74歳の男女に対し2年に1回の頻度で胃がん検診が推奨されています。自治体によってX線造影検査(バリウム)または胃内視鏡検査が選択されます(従来40歳以上対象でしたが有効性検証より現在は50歳以上推奨)。リスクの高いピロリ菌感染者などでは医師判断でより頻回の内視鏡検査が行われることもあります。
- 検査方法: 胃X線検査(バリウム法)が古くから対策型検診で用いられてきました。近年は上部消化管内視鏡(胃カメラ)検査も検診手法に追加され、自治体単位でいずれかまたは両者併用で実施しています。問診により胃症状やピロリ既往を確認し、異常があれば精密検査へとつなげます。
- 有効性のエビデンス: 胃がん検診による死亡率低下効果についてランダム化比較試験(RCT)の報告はありません。しかし、日本(JPHC研究や宮城県研究)およびコスタリカのコホート研究3報において、バリウム検診により胃がん死亡率が有意に低下したと報告されています。また症例対照研究でも胃内視鏡検診の有用性が示唆されており、これらのエビデンスから「科学的根拠に基づく胃がん検診ガイドライン」では検診有効性が支持されています。実際、日本における胃がん年齢調整死亡率は検診普及とピロリ除菌により着実に低下しています。
- 国内外の推奨状況: 日本では胃がん罹患率が高いため国主導で検診が推進されており、厚労省も市町村検診として推奨しています。一方、欧米(USPSTFなど)では胃がん罹患が少ないことから一般集団への胃がん検診は推奨されていません。ただし韓国など胃がん多発国では日本同様に内視鏡検診が国家プログラムとして実施されています。WHOは地域の疾病負荷に応じて検診導入を検討すべきとし、高発症地域では胃がん検診が死亡率低下に寄与し得るとしています。
大腸がん検診(便潜血検査)
- 対象疾患: 大腸がん。早期発見・内視鏡切除により大腸がん死亡率の低下を目指します。
- 推奨対象者: 日本では40~74歳の男女を対象に、年1回の便潜血検査による大腸がん検診が推奨されています。家族歴などハイリスク者では若年からの検診や、直接的な大腸内視鏡検査を検討する場合もあります。米国USPSTFは50~75歳(近年45歳開始に緩和)への大腸がん検診を強く推奨しています。
- 検査方法: 便潜血検査(FITまたはギアック法)を2日法で行い、陽性者に大腸内視鏡検査で精密検査を行います。日本では主に免疫学的便潜血検査(FIT)が用いられています。内視鏡によるポリープ切除までが検診に含まれる流れです。
- 有効性のエビデンス: 複数のRCTに基づくメタ分析で、便潜血検査による大腸がん死亡率の有意な低下が証明されています。例えば英米などで行われた試験では、検診群で大腸がん死亡が15~33%減少しました。内視鏡検査そのものの有効性も強く支持されます(コホート研究で内視鏡検診により死亡率低下を確認)が、直接RCT証拠は限定的です※。以上から日本の有効性評価ガイドラインでも「便潜血検査による大腸がん検診には死亡率減少効果あり」と結論づけています。
- 国内外の推奨状況: 日本では厚労省指針に基づき全国の自治体で大腸がん検診が実施されており、科学的根拠の確立した検診として受診勧奨されています。米国や欧州でも大腸がん検診は標準的医療で、便潜血法のほか内視鏡検査やCTコロノグラフィーなどが推奨オプションです。WHOも大腸がんは予防可能ながんとして加盟国に検診プログラムの整備を呼びかけています。
肺がん検診(胸部X線検査・喀痰細胞診)
- 対象疾患: 肺がん。早期発見により肺がん死亡率の低下を図ることが目的ですが、有効性については議論が多い領域です。
- 推奨対象者: 日本では40~74歳の男女に対し年1回の胸部エックス線検査による肺がん検診が行われています。加えて、ヘビースモーカー(喫煙指数600以上など)の方には喀痰細胞診も併せて実施します。米国では55~80歳の30 pack-year以上の喫煙者・近年まで喫煙者に対し低線量CT検診が推奨されています(胸部X線による検診は推奨されていません)。
- 検査方法: 胸部X線検査が主検査です。喫煙ヘビーユーザーには喀痰細胞診(肺門部の扁平上皮癌の検出目的)が追加されます。日本では対策型検診として低線量CTは原則用いられていませんが、研究的にCT検診を導入している自治体も一部あります。
- 有効性のエビデンス: 胸部X線+喀痰細胞診による検診について、海外で4件のRCTが実施されましたが、いずれも肺がん死亡率の有意な低下を示せませんでした。例えば米国のMayo肺プロジェクトやチェコ研究では、検診群と対照群で肺がん死亡率に差がなく、過剰診断や交絡が指摘されています。一方、日本を含む複数の症例対照研究では、胸部X線検診により肺がん死亡率が一定程度低下したとの報告があり、日本の指針策定時にはこれら国内報告を重視する判断がなされています。近年、米国NLST試験で低線量CT検診が肺がん死亡を約20%減少させることが証明され、新たなエビデンスとなりました。総じて、従来のX線検診の効果は限定的ですが、高危険群におけるCT検診の有効性が注目されています。
- 国内外の推奨状況: 日本では現在も胸部X線による肺がん検診を推奨しています(長年の行政施策として結核スクリーニングの目的も兼ねて実施)。しかし科学的根拠の観点から改善の余地が指摘されており、精度管理の徹底や高リスク者への集中的介入が課題です。米国USPSTFは上述の通り胸部X線ではなく低線量CTによる検診を推奨に変更しており、欧州でも重喫煙者へのCT検診導入が議論されています。WHOは肺がん検診について明確な勧告を出していませんが、喫煙対策と合わせ、高リスク群での検討が進められています。
乳がん検診(マンモグラフィ)
- 対象疾患: 乳がん。集団検診での早期発見により乳がん死亡率の低下と乳房切除の回避を図ることが目的です。
- 推奨対象者: 日本では40~74歳の女性に対し2年に1回のマンモグラフィ検診が推奨されています。欧米では推奨開始年齢に若干差があり、たとえばUSPSTFは50~74歳に隔年実施を推奨(40代は個別判断)、一方日本や欧州の多くの国は40歳以上での実施としています。高濃度乳房の若年女性ではエコー併用も試みられていますが、現行標準はマンモグラフィです。
- 検査方法: 乳房X線検査(マンモグラフィ)が科学的根拠のある一次検査法です。日本では原則視触診は推奨されず、マンモグラフィ単独もしくは併用超音波検査が行われます。異常所見例に対して二次検査として精密マンモや生検を施行します。
- 有効性のエビデンス: マンモグラフィ検診の有効性は多数のRCTで検証され、総合的に乳がん死亡率を約20~30%減少させると報告されています。例えばスウェーデンなどのRCTをまとめたガイドラインでは乳がん死亡が25%減少との結果が示されています。2015年のシステマティックレビューでも複数RCTのメタ解析により同様の結論が得られています。若年層や高濃度乳房では検出感度低下や過剰診断の課題がありますが、全体として生命予後を改善しうるエビデンスは確立しています。
- 国内外の推奨状況: 日本では2004年から乳がん検診にマンモグラフィが導入され、現在は厚労省の対策型検診として広く実施されています。受診率向上が課題ですが、国も「死亡率減少効果が確立した検診」として推奨しています。米国や欧州でも乳がん検診プログラムが確立しており、各国ガイドラインで推奨されています(開始年齢や頻度に多少の差はあり)。WHOもリソースのある国では50~69歳女性へのマンモ検診を推奨しており、乳がん対策の柱となっています。
子宮頸がん検診(子宮頸部細胞診)
- 対象疾患: 子宮頸がん。前がん病変の段階で発見・治療することで子宮頸がんの罹患・死亡を大幅に減らすことが目的です。
- 推奨対象者: 日本では20~74歳の女性に対し2年に1回の子宮頸がん検診(細胞診)の受診が推奨されています。若年発症が多いため20代から開始します。諸外国でも一般に21~25歳以降の女性に対し検診を開始し、概ね定期的な受診が推奨されています。近年はHPVワクチン普及に伴い、HPV検査併用や間隔延長が議論されています。
- 検査方法: 子宮頸部細胞診(Papテスト)が一次検査として行われます。日本では視診・内診と併せて細胞診を実施し、異常があればコルポスコピー精検します。海外では一次検査としてHPV検査を用いる地域もありますが、日本では現時点で細胞診主体です。
- 有効性のエビデンス: パップテストによるスクリーニングは集団における子宮頸がん死亡率を明らかに減少させることが科学的に証明されています。欧米各国で検診導入後に子宮頸がん死亡が劇的に低下したエビデンスや、インドでのRCT結果などから、その有効性は疑いありません。日本対がん協会も「細胞診は一定集団の死亡率減少効果が証明された方法」と明言しています。適切な間隔で継続受診すれば、がんになる前の異形成段階で発見・治療できるため、若年女性の生命予後を飛躍的に改善します。なお子宮体がん(子宮内膜がん)については死亡率を下げる検診法の証拠がなく、集団検診は推奨されていません。
- 国内外の推奨状況: 子宮頸がん検診は日本で最も古くから実施されている検診の一つで、市区町村検診として定着しています。現在は20代後半以降の女性の受診率向上が課題ですが、国はHPVワクチンとの両輪で頸がん予防を推進中です。米国(USPSTF推奨A)や欧州各国でも頸がん検診は標準で、WHOは各国に検診体制整備を呼び掛けつつ、「頸がん排除(elimination)」を目標に掲げています。
前立腺がん検診(PSA検査)
- 対象疾患: 前立腺がん。PSA血液検査によるスクリーニングで無症状の前立腺がんを早期発見し、死亡率低下を図ることが目的ですが、その有効性には議論があります。
- 推奨対象者: 日本では対策型の前立腺がん検診は国による一律実施はなく、任意の人間ドックや自治体による助成検診として行われる場合があります(対象年齢は概ね50歳以上の男性)。日本泌尿器科学会のガイドライン(2018年版)では55~69歳男性にPSA検診を提案し、70歳以上は一律には推奨しない方針です。米国USPSTFも55~69歳男性は医師と相談の上でPSA検査を選択する個別判断(Grade C)、70歳以上は検診不要(Grade D)と勧告しています。
- 検査方法: 血中前立腺特異抗原(PSA)検査を測定します。必要に応じて直腸診(DRE)を併用します。PSA高値例には前立腺生検で精密検査を行いますが、多くは生検でがんが見つからないか、見つかっても進行の遅いがん(過剰診断)の可能性があります。
- 有効性のエビデンス: PSA検診の死亡率低下効果をめぐっては、大規模試験で相反する結果が出ています。欧州のERSPC試験では前立腺がん死亡率を約20%減少させたとの報告がある一方、米国PLCO試験では有意差を認めませんでした(後者は対照群への検査実施が多く結果解釈に限界あり)。メタ解析では前立腺がん死亡のわずかな減少効果を示唆するものの、全死亡に差を生むほどの明確な利益は確認されていません。日本の研究者らも「PSA検診により前立腺がん死亡率を低下させ得る」としつつ、リードタイムバイアス・長期の過剰診断によるQOL低下など重大な不利益があることを指摘しています。実際、PSA検診で発見されるがんの中には生命予後に影響しない潜在癌が相当数含まれることが分かっています。したがって利益と不利益のバランスを個別に判断することが重要です。
- 国内外の推奨状況: 日本では厚労省が推進する5大がん検診(胃・肺・大腸・乳・子宮頸)に前立腺は含まれておらず、PSA検診は「科学的根拠が確立した検診」とは位置付けられていません。一方、日本泌尿器科学会は「前立腺がん死亡率を確実に低下させうるPSA検診を広く普及させる」方針を掲げており、ガイドラインでも一定の条件下での検診実施を支持しています。米国では前述の通り慎重姿勢で、欧州でも国ごとに対応が分かれます(ドイツなど一部は集団検診としてPSA実施、イギリスは行わない等)。WHOや国際がん研究機関(IARC)は前立腺がん検診を集団的に推奨しておらず、現時点では国内外で判断が割れている状況です。受診者にはメリットとデメリットを十分説明した上で検査を提供することが求められます。
まとめ
エビデンスが不十分ながん検診や健診項目(例:肺がんの胸部X線検診、PSA検診など)は、科学的根拠に基づく推奨が控えられている場合があります。
本調査では、日本で実施されている主な検診の中から、国際的にも評価された有効性エビデンスの有無についてまとめました。各検診の実施にあたっては、最新のガイドラインや専門医の指針に従い、利益と不利益のバランスを考慮して行うことが重要です。