スタチン治療は行うべきか:国内外ガイドラインに基づく検討

治療すべき人(スタチン治療の適応基準)

高LDLコレステロール血症でも大きな合併症がない人に対しては、まず個人のリスクを評価し、リスクに応じてスタチン治療の是非を判断します 。

国内外のガイドラインでは以下のような場合にスタチン治療が推奨されています。

  • 二次予防が必要な人(既に心血管疾患を発症した人):質問の前提からは外れますが、既往に心筋梗塞・脳卒中など動脈硬化性疾患がある場合は、再発予防のため年齢を問わず強力なスタチン治療が推奨されます 。LDLコレステロールの目標値は厳格で、国内ではLDL<70〜100 mg/dL未満が目安とされています 。
  • LDLコレステロールが非常に高値の人(重症高コレステロール血症):LDL値が180〜190 mg/dL以上のケースでは、重大な遺伝性高コレステロール血症(FH)の可能性もあり、リスク因子が少なくてもスタチンなど薬物治療を積極的に考慮します 。米国ACC/AHAガイドラインでもLDL≧190 mg/dLならリスク計算を待たず高用量スタチン開始が推奨されています 。このレベルは放置すると将来の冠動脈疾患リスクが極めて高いためです。
  • 糖尿病がある人(一次予防でも高リスク例):糖尿病は動脈硬化性疾患の強力なリスク因子であり、国内外とも糖尿病患者(40〜75歳程度)にはスタチン治療が推奨されます 。日本動脈硬化学会のガイドラインでは糖尿病患者は“一次予防でも高リスク”に分類され、従来よりLDL目標<120 mg/dL未満とされてきましたが、合併症を有する糖尿病ではさらに厳しいLDL<100 mg/dL未満が新たに目標設定されています 。糖尿病のない人に比べ心血管イベント発症リスクが高いため、合併症がなくても中等強度スタチンの投与が推奨されます 。
  • 複数の危険因子を持つ人・リスクが高い人:年齢(男性≧45, 女性≧55歳)、喫煙、高血圧、家族歴、慢性腎臓病(CKD)など複数の危険因子を有する場合や、リスク計算スコアで10年リスクが高い(例:≥7.5%)場合は、スタチン治療を強く検討します 。日本循環器学会のリスク区分では危険因子が多い場合「高リスク」とされ、LDL管理目標は120 mg/dL未満と厳格に設定されています 。米国ガイドラインでも、40–75歳で10年リスク7.5%以上の人にはスタチン投与が推奨され、中リスク(5〜7.5%)でも家族歴や持続的高LDL(160 mg/dL以上)などリスク強化因子があれば投与を検討します 。
  • 中程度の危険因子を持つ人・境界リスクの人:危険因子が1〜2個の「中リスク」層では、基本は生活習慣改善を行った上で、LDLコレステロール値に応じて薬物療法を判断します。日本では中リスクの場合のLDL目標は140 mg/dL未満とされ 、これを超えて改善しない場合にスタチンを考慮します。米国でも10年リスク5〜7.5%(境界リスク)の人で**LDLが高め(≧160 mg/dL)**や家族歴などの要因があればスタチン開始を検討します 。
  • 低リスク(明らかな危険因子がない人):重篤な危険因子がなく若年で、10年リスクが極めて低い(<5%)人では、多少LDLが高くてもまず生活習慣改善を最優先し経過を見ます 。日本ではLDL目標値は160 mg/dL未満とされ、基準値を少し超える程度なら薬物療法は不要とされています 。ただしLDLが180 mg/dLを超えるような場合は低リスクであっても最初から薬物治療を考慮します 。低リスク者ではスタチンによる絶対リスク低減量が小さいため、副作用とのバランスを見て慎重に判断します。

以上のように、基本的な方針は「まず生活習慣の改善を優先し(食事・運動・禁煙)、それでもLDLコレステロールが目標を上回る場合に薬物療法(スタチン)を追加する」という点です 。

特に若年で合併症が少ない場合は生活指導を十分行い、必要に応じてリスク評価ツール(日本では久山町スコア等)も活用して総合的に判断します 。一方でリスクが高い場合やLDLが著しく高い場合には、早期からスタチン治療を開始し心血管イベント予防に努めます 。

表:国内外ガイドラインにおけるスタチン治療の主な適応とLDL管理目標  

対象・リスク状況主な指標/推奨 (LDLコレステロール値の目安)
二次予防(既往あり)全例でスタチン治療を強力に推奨(国内目標LDL<70〜100 mg/dL)
一次予防:重症高コレステロール血症  (LDL≧180–190 mg/dL)スタチン治療を強く推奨(ACC/AHAでは即時高用量開始 ;国内でも早期薬物治療を考慮 )
一次予防:糖尿病あり  (40–75歳)スタチン治療を推奨(ACC/AHAではリスク問わず中強度以上 ;国内では高リスク扱いでLDL<120 mg/dL未満〈合併症あれば<100〉を目標 )
一次予防:高リスク  (危険因子多い/10年リスク高)スタチン治療を推奨(ACC/AHAではリスク≥7.5%で推奨 ;国内ではLDL<120 mg/dL未満が目標 )
一次予防:中リスク  (危険因子1〜2個/10年リスク中等度)スタチン治療を個別に検討(ACC/AHAではリスク5〜7.5%でリスク因子考慮し判断 ;国内目標LDL<140 mg/dL未満 )
一次予防:低リスク  (危険因子なし/10年リスク低)生活習慣改善を優先(LDL<160 mg/dLなら薬物療法不要 ;LDL>180では薬物治療検討 )

スタチン治療によるメリット(心血管イベント予防効果)

スタチン治療の最大のメリットは、心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)の発症リスクを有意に低下させることです。これは一次予防(まだ発症していない人)においても多数の臨床試験とメタ解析で確立された事実です 。具体的な効果とエビデンスは以下の通りです。

冠動脈疾患(心筋梗塞・狭心症)の予防

スタチンによりLDLコレステロールを下げると、将来の冠動脈疾患イベントが約20〜30%減少します 。

日本人を対象とした大規模一次予防試験(MEGA研究)でも、食事療法のみの群に比べスタチン投与群ではLDLが18%低下し、冠動脈疾患の発症が33%減少しました 。これは欧米の試験結果とほぼ同等であり、スタチン療法が日本人でも有効であることを示しています 。リスクの高い人ほど絶対的なイベント減少効果(治療利益)が大きくなります。

脳卒中の予防

スタチンは虚血性脳卒中(脳梗塞)のリスクも低減します。MEGA研究でもスタチン群で脳卒中リスクの低下が示唆されており、脂質管理が脳卒中予防にも重要というメッセージが得られました 。一方、脳出血(出血性脳卒中)リスクについては一部で懸念がありましたが、主要メタ解析ではスタチン使用による脳出血への有意な影響は認められていません 。

つまりスタチンで脳梗塞を減らしても脳出血が増える明確な証拠はなく、トータルでは脳卒中全体の予防に寄与します。

全死亡・心血管死亡のリスク低減

高リスク患者が多い試験では、スタチン群で総死亡(全死亡率)が有意に低下したとの報告もあります 。

一次予防のみを集めたメタ解析でも、心血管死を含む主要な心血管イベントが統計的に有意に減少しています 。絶対リスクの低い集団では死亡への影響は小さいものの、心筋梗塞や狭心症など非致死性イベントの減少によって健康寿命の延伸やQOL維持に貢献します。

その他の効果

スタチンは強力なLDL低下作用(高用量で50%以上の低下も可能)により、動脈硬化の進展抑制・プラーク安定化効果も示します 。その結果、上記のような臨床イベント予防につながります。

また抗炎症作用などのプレオトロピック効果も指摘され、これも心血管リスク低減に寄与している可能性があります(高感度CRP低下など)。

さらに糖尿病患者や高リスク高齢者においてもスタチンは有益であり、海外のみならず日本においてもエビデンスが蓄積されています 。例えば日本のJALS-ECC試験やEMPATHY研究でも、高LDL患者にスタチン治療を行うことで冠動脈イベントが有意に減少しています 。

以上のように、「将来の心筋梗塞や脳卒中を防ぎ、命を守る」「発症を遅らせ健康寿命を延ばす」ことがスタチン治療の恩恵です。その効果は一次予防でも確認されており 、特にベースラインのリスクが高い人ほど治療によるメリットが大きくなります。

一方でリスクが低い人では絶対効果が小さいため、その場合は生活習慣改善を中心にしつつ、治療のメリット・デメリットを患者と十分に話し合うことが推奨されています 。

スタチン治療によるデメリット(副作用と注意点)

スタチン治療には上記メリットに比べれば小さいものの、いくつかの副作用リスクやデメリットも存在します。代表的なものは筋障害(筋肉痛など)、肝機能障害、そして新規糖尿病発症リスクの上昇です。それぞれ最新エビデンスに基づき解説します。

筋症状・筋障害

スタチンによる筋肉痛や筋力低下などの筋症状は、臨床現場では5〜10%程度の患者が訴えるとも報告されています。

しかし、近年のプラセボ対照試験の統合解析ではスタチン群とプラセボ群で軽度な筋症状の発生率に有意差がほとんどなく、その過剰発生は1%未満と示されています 。

これは、副作用を心配するあまり生じる「ノセボ効果」によって症状が誘発されている可能性も指摘されており、実際には多くのケースでスタチン自体が原因ではないことを示唆します 。実際、日本の指針でもスタチン不耐症とされ中止に至る真のケースは0.5%程度に過ぎないと報告されています 。
とはいえ筋障害はゼロではありません。まれに筋肉痛が強くCK(クレアチンキナーゼ)上昇を伴うミオパチー(筋炎)や、極めてまれですが横紋筋融解症に至る重篤な例も報告があります。大規模RCTのメタ解析によれば、重篤なミオパチー発生はプラセボに比べ0.1%未満のごくわずかなリスク増加にとどまります 。

これら重篤な筋障害は、高用量スタチンや腎機能低下・甲状腺機能低下、スタチンと相互作用のある薬剤併用時(例:フィブラート系との併用)に起こりやすいことが知られています 。東アジア人(日本人を含む)はスタチン血中濃度が高く出やすい傾向があり筋障害リスク因子の一つともされるため、欧米より少ない用量で開始するなど注意が払われます 。実際、日本ではロスバスタチンの最大用量が欧米の半量(20 mg)に制限されてきた経緯があります。このように適切な用量設定と、症状出現時のCK測定などモニタリングにより、筋障害リスクは 十分に管理可能です。万一筋症状が出ても、多くの場合は減量や休薬、別のスタチンへの変更で再チャレンジ可能であり 、スタチンを完全中止せざるを得ないケースはごく一部です。

肝機能障害

スタチンは肝臓で作用するため、肝酵素(AST/ALT)の上昇が起こることがあります。

ただし大半は一過性かつ無症状で、臨床試験では投与患者の約1%にALTが正常上限の3倍超に上昇する程度で、これは用量に依存する傾向があります 。しかし、この程度の酵素上昇は肝細胞の実質的な傷害や肝機能低下を意味しないことがわかっています 。

実際、スタチン長期投与による重篤な肝障害(薬物性肝炎など)は極めてまれで、推定発生率は0.001%(10万人に1人)程度と報告されています 。発生に明確な用量・期間パターンはなく予測困難であるため、米国FDAや国内ガイドラインでも定期的な肝機能検査モニタリングは推奨されなくなりました (開始前と症状出現時のチェックで十分)。

患者には黄疸や倦怠感などの肝障害症状に注意するよう説明しつつ、通常はスタチンを安心して継続できます。むしろ脂肪肝を伴う患者ではスタチンが肝脂肪を減少させ肝酵素を改善する報告もあり、軽度の肝機能異常はスタチン禁忌ではありません 。

糖尿病発症リスクの上昇

スタチン治療により2型糖尿病の新規発症リスクがわずかに上昇することがエビデンスから知られています。

複数のメタ解析で、スタチン群はプラセボ群に比べおよそ9〜12%ほど相対的に糖尿病発症が多いと報告されています 。例えばある解析では、スタチン投与群の糖尿病発症率が約5.4%でプラセボ群が約4.9%(相対リスク1.09)といった程度の差でした。

このリスク上昇は主に糖尿病予備群(耐糖能異常やメタボリックシンドロームを有する人)で顕在化し、スタチンの作用で血糖上昇やインスリン抵抗性がわずかに悪化する機序が考えられています 。一方でLDL自体は糖尿病発症と因果関係がなく、スタチンの効果による糖代謝への影響と考えられています 。
重要なポイントは、この糖尿病リスク増加は絶対的には比較的小さいことと、心血管イベント予防効果のメリットに比べて大きくないことです 。実際、スタチン200〜300人を数年間治療した際に1人糖尿病が新たに発症する一方で、心筋梗塞や脳卒中は数人〜十数人防げるという試算もあります。このため糖尿病予備群であっても心血管リスクが高ければスタチン投与の利益はリスクを上回ると考えられます 。ガイドライン上も「スタチンで糖尿病になるリスクより心血管予防効果の方が大きいため、リスク因子がある場合は投与をためらわない」旨が強調されています 。もっとも、糖尿病発症を予防する観点から生活習慣の是正はより重要であり、スタチン投与中も体重管理や運動療法を継続して糖代謝悪化を防ぐことが推奨されます。なおスタチンの種類によって糖代謝への影響に差がある可能性も検討されており、例えばピタバスタチン(日本で開発)の投与では他スタチンに比べて糖尿病発症が少ないとの国内報告もあります。

しかし大規模なエビデンスではいずれのスタチンも同程度の予防効果と副作用プロファイルであり、個々での選択はリスク因子や薬物相互作用を考慮して行います。

その他の副作用・注意点

一部の患者では消化器症状(胃部不快感)や発疹、軽い記憶力低下などが報告されることもありますが、頻度は低く一過性です。以前FDAが認知機能への注意喚起を行ったことがありますが、大規模試験でスタチン群がプラセボ群より認知症発症が多いという結果は出ておらず、認知機能への長期悪影響は確認されていません。

また高齢者では複数の薬を内服しているケースが多いため多剤併用(ポリファーマシー)による相互作用に注意が必要です 。

腎機能低下や肝機能低下のある高齢者では薬物代謝が遅れ副作用が出やすくなるため、開始前に肝腎機能を評価し低用量から慎重に投与します 。75歳以上の高齢者に対する一次予防的スタチン投与はエビデンスが限定的でしたが、近年ではフレイルでない高齢者では一次予防効果を期待できるとの報告もあり、ガイドラインでも75歳以上の高LDL高齢者に脂質低下療法を提案できるとされています 。

ただし高齢者では低栄養や筋力低下に配慮し、過度な食事制限は避けつつ副作用に留意して個別対応することが求められます 。

まとめ

以上より、スタチン治療のデメリットは主に副作用リスクですが、その頻度は概ね低く管理可能です。

最新の知見では「スタチンの副作用は患者が思うより少なく、重大な有害事象はまれ」ということが明らかになっています 。副作用が懸念される場合でも医師と相談の上で投与量や種類を調整し、定期モニタリングを行うことで安全に治療を継続できることがほとんどです。

スタチン治療によって得られる心血管リスク低減のメリットは大きいため、リスク–ベネフィット比を見極めながら適切に運用することが重要です 。ガイドラインも総じて「明らかな適応がある場合、副作用リスクよりも利益が上回る」としてスタチン治療を推奨しており 、特に高リスク例では積極的な治療が勧められます。一方でリスクの低い例ではまず生活改善を十分に行い、患者の価値観も踏まえて治療方針を決定することが望まれます 。

参考文献・出典:(ガイドライン)日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」 、JCS一次予防ガイドライン2023 、ACC/AHA 2018コレステロールガイドライン 他;(一次文献)MEGA研究 、CTTメタ解析 、他多数.

みどりのふきたクリニック

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